本記事は、デジタル化の限界に直面する製造現場を舞台に、非効率に見える手法が最高の生産性を生み出した事例を解説します。

「最新のAIも、センサーも導入した。それでも生産性は、もう伸びない。」

TQMを極め、限界まで効率化された製造現場。

デジタル化を進めるほど、なぜか現場の反発が強まり、生産ラインの空気は重くなる。

本記事では、そんな“デジタルの限界”に直面した現場が、あえて「非効率」とも思える手法で最高の成果を生み出した実例を解説します。

KPIでもAIでも測れない、生産性の「最後の3割」を超えるためのヒントがここにあります。

本記事が解決する3つの経営課題

以下の課題に直面する方々に、新たな道を開くヒントをお届けします。

  • 製造業の工場長・マネージャー:DXへの投資が頭打ちとなり、TQMを極めた現場の「これ以上、効率化できない」壁をどう超えるか。
  • DX推進部門・IT担当者:最新技術(AI、センサー)を導入しても現場から拒否され、プロジェクトが停滞する状況の具体的な打開策。
  • 現場の熟練工・リーダー:長年の改善活動では乗り越えられなかった「最後の3割の壁」の正体と、その突破に必要な本質的な要素。

Ⅰ.閉塞感と対立

熟練の現場に立ちふさがる「さらなる生産性向上」の壁

たけしは、予算を背負った若きDX(デジタルトランスフォーメーション)の尖兵だ。

彼のミッションは、生産性を「さらに」向上させること。

配属された匿名プロジェクトの重い空気に、早くも苛立ちを覚えていた。

チームには、熟年のまさしがいた。彼こそが、このラインの生きた知恵そのもの。

長年の改善で磨き上げられた現場は、これ以上何を削ぎ落とすというのか。

生産現場の誰もが、まさしを頼りにしていた。

センサーとAIで何が変わる?現場のプロが問う「デジタル化の真の価値」

たけしは、計画を広げた。

ラインの各所に張り巡らされたセンサー、リアルタイムの生産管理と効率モニター。

最新のDX技術による「可視化」の提案だ。

まさしは、終始、静かに首を振った。

「そのシステムを入れて、何が良くなる?」

新しい仕組みは、まずそのままでは動かない。

その調整はすべて現場に降りかかり、ただでさえギリギリのラインを疲弊させる。

長年の経験が、安易な提案に「待った」をかける。

まさしは続ける。

「読み方がわからないDXの担当者やIT企業の提案は決まって同じだ。ここに手書きで書かれている管理ボードを、デジタルに置き換えようとする。AIが記録・読めるようになっても、何も本質は読めやしない」

「今さらデジタルで何が変わる」TQMを極めた現場の冷ややかな視線と閉塞感

すでに、世界の生産ラインはTQM(総合品質管理)が常識である。

いまさらデジタル化で何が変わるのかと、現場の人間は冷ややかだ。

TQMを極め、世界に指導してきた日本人であれば、その思いはなおさら強い。

「では、どうすればいいのか…」 たけしもまさしも、今の延長線上では「ダメな理由」を見つけられなかった。

Ⅱ. 異邦人(アウトサイダー)

「いまさら外部コンサル?」現場の嫌悪感をよそに、経営層が打った”藁にもすがる”一手

その閉塞感を打ち破ろうと、経営層が「外部コンサルタント」の投入を決めた。

「いまさら外部コンサル?」

たけしもまさしも、顔を見合わせ、隠しもしない嫌悪感を示した。

外野の理屈など、耳を貸すだけ無駄だ。

しかし、このまま停滞するわけにもいかない。

藁にもすがる思いで、いわれるがまま連絡を取った。

「デジタル化だけではダメ」。数百の現場を知るコンサルタントが指摘したDXの致命的な盲点

現れたコンサルタント、正(しょう)さんは、たけしの改善提案のドラフトを一瞥し、生産ラインを一回りしただけで、静かに断言した。

「ああ、これではダメですね」

 数百の生産ラインを見てきた正さんには、このラインの標準化もKPIもQRQCも完璧すぎることが、逆にどこで詰まっているかを教えてくれた。

「全部デジタル化?それで生産性が高まるなら、誰も苦労しませんよ。常に生産ラインが変わっていく半導体業界は、設備と材料の競争に変わり、日本に残ったのはそれだけです。人手の残る自動車のようなラインに、デジタル化だけではだめですよ」

「生きたライン」にデータ分析は通用しない。ものづくりのプロが同意する”デジタルの限界”

デジタル化への懐疑は、まさしと共通していた。

野球のデータ解析のように、過去の全データから最善の一手を導き出しても、それは「凡ミスを防ぐ」レベルの話だ。

無限のパターンが存在する、生きた生産ラインにおいては、デジタルで対応できる範囲はあまりに狭く、それは幻想に近い世界観だと、ものづくりを知る誰もが同意するだろう。

だが、正さんは毅然として言った。

「まだまだできることがある」

まさしとたけしは、息を飲んだ。何を?

Ⅲ. 集団の極致(ゾーン)

全作業者との対話から始まった”非効率すぎる”改善。現場の抵抗を押し切ったコンサルタントの真意

正さんが告げた答えは、あまりに古色蒼然としていた。

「やることはただ一つ。『対話』です」

「今さら?」

たけしとまさしは、思わず声を揃えてしまった。

長年やってきたことだ。

問題が起きた時、話し合い、改善してきた。今さら「対話」を、それもコンサルタントが?

正さんは、まず一人ひとりの作業者と会うことから始めた。

数時間で、ほぼ全員と。

それからすぐに、彼が導き出した「処方箋」が示された。

「これが処方箋…?」

たけしもまさしも「騙された」と感じた。

その内容は、あまりに非効率で、抽象的で、今までの「改善」とは真逆を行くものだった。

しかし、他に打つ手がない。

嫌々ながら、その処方箋に従うことになった。

現場の作業者たちも抵抗し、たけしやまさしも多くの疑問を抱えながらのスタートだった。

正しい訓練が現場を変えた:個人の集中力を超えた「集団ゾーン状態」への正しい手順

数ヶ月が経ち、ある時を境に、彼らは奇妙な感覚に襲われ始めた。

それは、まるでスポーツや音楽の領域で語られる現象と似ていた。

  • 野球やサッカーのゲームで、良い選手を集めただけでは勝てないという事実。
  • オーケストラ演奏が、毎回同じ楽譜、同じ楽器なのに、なぜか毎回異なる響きを生み出すこと。
  • 神輿を担ぐとき、毎回同じ重さのはずなのに、ある瞬間、「軽く感じる」こと。

正さんは、彼らが目指しているのは、個人の集中力を超えた「集団ゾーン状態」だと、何度も説いた。

そして、その集団状態に入るための、正しい手順、正しいチーム、正しい訓練が、じわじわと機能し始めたのだ。

AIでもデジタルでもない。生産性を凌駕した”人間的な答え”の正体

「改善は七割までは誰でもできる。だが、最後の三割が難しい。最後は気合いだ」

この現場の実感に、まさしは長年同意してきた。

新しい機械や手法に手を出すたび、この三割の壁にぶつかって克服してきた。

 しかし今、ここで起きていることに疑問に思う人間は誰もいない。

今までやってきた「改善」は決して無駄ではなかった。

だが、それだけでは、この三割の壁は超えられなかったのだ。

この「意味」がわかった瞬間、正さんの仕事は終わりを告げる。

「ありがとうございました」

いつものように、正さんは別れを告げ、去っていった。ラインに残されたのは、デジタル化でもAIでもない、人間的な、しかし最も再現性の低い「集団の極致」という答えだった。

外野や上司が見ても、何がいままでと異なるのかよくわからない。

いや、むしろ数字だけでは劣ってる面もある。だが、結局生産性は凌駕している。

KPIツリーでは測れない”集団の極致”こそが、日本に残された唯一の活路

正さんの改善は常に嫌われてきた。

なぜなら再現性がない、と既存の枠組みでは思われるからだ。

KPIツリーを信じてる人には理解されないだろうし、同じことをしていればいいと本気で信じてる人には永遠に理解されないだろう。

でも、実際には、スポーツはなくならず、オーケストラもなくならない。神輿みたいな文化もなくなることはない。

この現実に気づいた工場のみが日本では生き残るだろう。


デジタル化を進めても、生産性の“最後の3割”が超えられない。
それは、あなたの現場だけの問題ではありません。

私たちは、AIでもKPIでも測れない“人の力”を再現可能にするための
組織改善・現場診断・伴走支援を行っています。

現場の空気が変わる瞬間を、共に作りませんか。